子連れ貧乏旅2022Summer

こんにちは、アキです。


このブログでもインスタでもフェイスブックでもなく、私のTwitterをフォローしてくれてる方は知っていると思いますが、この夏も行ってきました!子連れ貧乏旅へ。


今回はその旅の記録といいますか、土産話をお届けしますので興味ある方だけ読み進めていただければと思います。

7月27日の夜
水や食料などを準備し、名古屋の自宅を出発。

毎度のことながら貧乏旅と公言してるだけあって(旅の途中で出会った自作リアカーで日本2週目の方には到底及ばないけど)低コストでの旅を徹底するため、勝手に原則移動は全てした道&有料の宿泊施設には泊まらないルールでやっている。

行きの道の駅で超巨大スイカが破格で売ってたから欲しかったけど、これ持って行っても置いとく場所ないよね?今じゃないよな・・と、やむなく断念。
帰り道だったら絶対買ってたんだけどなー。(スイカ大好き)

まるで絵画のように美しいひまわり畑に目を奪われ、牛やダチョウが放牧されてる!と子どもたちと騒ぎ、私が好きな緑色は田んぼの緑だなと再確認したり、仮眠したりしながら目的地である島根県の友人宅に到着したのは自宅を出てから約20時間ほど経った翌日の夕方だった。



運転してる私はもちろんだが、それに付き合える子どもたちもなかなかタフである。

車内での過ごし方は景色を見たり、話したり、音楽聴いたり、歌ったり、食べたり、寝たりで車に内蔵されているテレビやDVD・Blu-rayを見ることもスマホやタブレットを使って動画を見ることもない。



人間とは慣れる生き物である。



幼少期から買い物に行くたびにお菓子を買ってもらっていれば、お店に行けばお菓子を買ってもらえるものだとインプットされる。それがある時「今日は買わないよ。いつも買うわけじゃないからね。」なんて突き放されたら子どもはこんなはずじゃないと駄々をこねてお菓子を買ってもらおうとするだろう。

大人が静かにしてほしい時、面倒な時にテレビや動画を見せていたらそれが習慣となり、大人が見てほしくない時にまで見せてほしいと駄々をこねるようになるだろう。



私は子どもに何かを与えるからには与えた後の責任も負う覚悟で与えるべきだと思っている。

その対象はテレビだったり、動画だったり、ゲームだったり、おもちゃだったり、お菓子だったり、お小遣いだったりする。

今回お世話になった友人は島根県で自給自足的な生活をしている男性だ。

彼は私よりも6歳も年下だが生きる力は私の何倍もある。
狩猟もするし、田んぼも畑もやってるし、大工仕事もするし、山の管理もするし、かき餅の製造販売もするし、だいたいなんでもできる。

彼に足りない事といえば他人に深く興味を持つことと、相手のレベルに合わせてコミュニケーションをとろうと努力することくらいだろう。

独身男性の元に快く妻子を送り出してくれる夫はそう多くはないだろうから、その点は夫にも感謝している。



私と子どもたちはそんな彼の元で9日間過ごした。


毎日やることは、朝起きたら鶏たちの小屋の柵を開ける。
その際にバケツに入った水の量をチェックして水が少なければ足す。
前日に出たお茶っ葉や玉ねぎやにんにくなどを除く生ごみをエサとしてあげる。
卵を産んでいたら取ってきて流水で洗ってから冷蔵庫にしまう。

毎回釜戸でごはんを炊き、お茶を沸かす。
釜戸関係は子どもたちだけに任せられるようになった。


育ったきゅうりの収穫。


夕方には鶏小屋の柵を閉めてエサをあげ、水のバケツが汚れていれば洗い、水を足す。

あとは手の空いた時にひたすら薪割り。
薪は消耗品だからいくら用意しても用意し過ぎということはない。

他にも、
ホウキモロコシの畝に土をかける作業。

ホウキモロコシが何かも知らなかった私は「来る道中も広島あたりでトウモロコシ畑いっぱいあったよ!」と言うと、「トウモロコシじゃない。」と言われた。

それ以上教えてくれないので、ホウキモロコシ…モロコシって付いてんのにトウモロコシじゃないってどうゆうこと!?とネットで調べてみたら、”夏に茎の先に穂をつけ、穂の部分が箒(ほうき)の材料になる”とあった。

なるほど、ホウキモロコシとは食べるものではなく箒の原料だったのか。

大豆畑の畝の間にある大きめの石を取り除き、畝に土をかける作業。


鍬を使い慣れていない私は長時間の作業で手にマメができた。
慰めてもらおうと「痛いよー」と手の平を見せたら、「ふーん」と言われた。


なにが「ふーん」だ!と腹が立ち、「こうゆう時は痛いねーとか、大丈夫?とか言った方がいいよ。」と言ってやった。



なにくそ!やってやんよ精神で大豆の成長にあまり差が出ないようにこの作業は2~3日でやりきった方がいいという期限内の2日でやりきった。

友人はもちろん自炊もできるのだが、お世話になってる間くらいはせめてとなるべく料理は担当した。



彼のリズムは朝は焼きたて食パン。

パンは彼の家にあるホームベーカリーを使って、私が持参した国産小麦やお気に入りの白神こだま酵母を使って仕込んだ。

お昼は麺だったりお米だったり、夜はお米。
普段の私は朝もお米派なのでパンに合わせるレパートリーを考えるのに少しだけ苦労した。



ある日はカマンベールチーズときゅうりとトマト、ある日はフレンチトースト、ある日はブルーベリージャム、ある日はきなこクリーム、ある日はカボチャサラダ、ある日はポテトサラダ、ある日は手作りカスタードクリーム。

甘党の彼に合わせて甘いもの多めのラインナップとなっている。
セルロース不使用のチーズもあったらもっとバリエーション豊富にできたんだけど。

お昼と夜は、
ハヤシライスの日があったり、そうめんの日があったり、オムライスの日があったり、スパゲッティの日があったり、かぼちゃを煮たり、ゴーヤチャンプルーだったり、いんげんの胡麻和えだったり、きゅうりのキュウちゃん的なのだったり、ご近所さんにいただいたズッキーニを大量消費したトマトスープだったり…。いろいろ作ったなぁ。

猪肉の塩だれ炒め的なのも美味しくできた!

畑で採り放題の青じそとねぎとにんにくをこれでもかと大量に使い(贅沢!)、ごま油と塩とオーサワの中華だし、オーガニックレモン汁で調味した。

私は狩猟免許(罠)を持っているのだが、私が住んでいる名古屋市内は街中なので狩猟できる場所はほぼない。狩猟するとなると罠を仕掛ける場所の確保と日々の見回りが必要となるので移住もしくは銃の免許を取って通いのハンターになるしかない。鹿を捌いたことは多少あるが、実践をしたことのない見習い未満の猟師の私が初めて野生の猪の止め刺しに同行、さばく様子も見学させてもらった。

⇧さっきまで生きていた猪の内臓を出して洗い、流水で冷やしているところ。
さすがに止め刺しの画像を載せるのは控えておきますが、刺激が強かったらごめんなさい。



私としては普段肉を食べる以上、その命に向き合うことは大切な営みだと考えている。

命に直に対峙したうえでその時に自分がどう感じたかが重要だと思うのです。
それでベジタリアンやヴィーガンを選択するのも自由、その尊さをかみしめてありがたく感謝していただく選択をするのも自由。

なにも知らず、なにも考えず、ただその命を貪るほど野蛮で失礼なことはないと思っている。

友人が捌いた猪肉で角煮を作って、その角煮をリメイクしてチャーハンを作ったりもした。(これも激うま)

この地域には鹿があまりいないらしく(ここに来るまでの山道では猪より鹿の方をよく見かけた)猪ばかりで鹿肉はレアなのだが、この時たまたまあった鹿肉を調理させてもらった。

貴重な鹿肉を無駄にしないよう細心の注意をはらい、持参してきたサーモスのシャトルシェフを使い、低温調理で仕上げた。

シャトルシェフは低温調理だけでなく通常の鍋としても使えるうえにお米も炊けるので旅の際は必ず岩谷のタフまると一緒に車に乗せている。

【参考までにシェトルシェフでのお米の炊き方を紹介】

  1. 洗ったお米と水650mlを鍋に入れて30分おく。
  2. 1を中火にかけ沸騰したら弱火にして8分加熱する。
  3. 保温容器に入れて15分以上保温する。
  4. 炊き上がったら、ごはんをつぶさないようにしてよく混ぜ合わせ再び蓋をして15分ほど蒸らしたらOK

※白米3合分の分量。
移動中、車に積みっぱなしで工程4で混ぜれなかったとしても大丈夫。

他にも
友人がかき餅を揚げる際に使う油が入った一斗缶を使ってバケツ作りをしたり

アジサイのドライフラワーを作ったり。

友人が観光にと、助はんどう・大井谷の棚田・平栃の滝にも連れてってくれた。

畑で採れた大豆を炒って、粗く挽いてから細かくしてふるい、それをさらに炒ってきな粉を作る。
(大豆好きの次男のつまみ食いが止まらない)

もち米を洗って一晩水に浸し、ザルにあけてしっかり乾燥させてから挽き、米粉にしてからお湯を少しずつ足し、耳たぶくらいの質感になったら丸めて茹でる。浮いてきた団子に手作りきな粉をかけたら、きなこ団子のできあがり!

今年の七夕の願い事に「これからもきなこがいっぱい食べれますように」と願った次男。
見事に願いが叶った。

滞在中にチャドクガやブト(名古屋の方でいうブヨだけど島根のブトは毒っ気が強い。か、単純にその土地で育っていないから私の免疫がなかっただけの可能性もある。)、ハチに刺され体中に大ダメージをくらい、患部が痒い、象の足のようにパンパンに腫れるだけじゃなく熱を持って立つのも歩くのも痛くてつらい。しまいには患部だけでなく全身が熱っぽくなり、免疫低下から菌がリンパを通って歯茎までいき、歯茎が尋常じゃないくらい腫れて噛むのはもちろん、話すだけでも「痛っ!」となる状況になってしまった。

一時はこれ大丈夫か・・?と危機感を抱くほどだったけど、海底湧水から作った塩を塗ったり、ヨモギをくちゃくちゃ噛んだものを塗ったり、ひたすら冷やしたり、可能な限り寝たりしてどうにか復活した。よかった。。

子どもたちは友人が事前に埋めておいた猪やイタチやテンなどの骨を掘り起こす作業もさせてもらった。

骨もインテリア需要があるんだとか。

そんな濃密な9日間を過ごした私たちはこの後もまだ続く旅に備えるため、水汲みをし、友人宅で作ってきたチャーハンと道の駅で購入したオーガニックトマトをかじりながら次の目的地である出雲大社まで4時間ほどかけてした道で向かった。

出雲大社は日曜日のわりに思っていたほど人は多くなく、猛暑ということ以外は快適に参拝できた。

参拝後、出雲大社の駐車場で少し仮眠をとったのち、再び気合いを入れてした道で次の目的地に向かった。

道中、春休みに隠岐の島に子連れ貧乏旅をした時も帰りに給油した鳥取県西伯郡大山町安田のガソリンスタンドが今回も他より安かったので満タンにした。JAF会員でよかった。

2022年春休み子連れ貧乏旅in隠岐の島の記事はこちら

土砂降り大豪雨の中、20時頃にたどり着いたのは鳥取市が運営している柳茶屋キャンプ場
ここは事前予約が不要で、当日無人受付で必要事項を記載し、ルールを守って利用させていただく無料のキャンプ場だ。

近年利用者のマナーがなっていないことが理由で閉鎖または有料となる無料キャンプ場が増えている。このままでは貧乏旅にとって無くてはならない無料キャンプ場がどんどんなくなっていってしまう。
そうならない為にも利用者は先方のご厚意で無料で利用させていただいてるという意識を持ち、マナーを守って利用してほしい。

本当はキャンプ場に着く前に砂丘温泉ふれあい会館で入浴を済ませておきたかったのだが、ふれあい会館の最終受付が20:00までだったので時間的にアウト。

その日はキャンプ場で洗顔と歯磨きをし、濡らしたタオルで身体を拭いてキャンプ場の駐車場で車中泊することにした。

翌朝は雨もあがっており、炊事棟で朝食をとってから

念願の砂の美術館へ。

美術館の駐車場は数に限りがあり、従業員や身体が不自由な方を優先して停めてもらっているという警備員さんの言葉を受け、車は美術館まで徒歩1-2分ほどのところにある休憩&土産屋の砂丘フレンドの駐車場に停めた。

展示作品はどれも砂丘の砂と水だけで作るエコで持続可能なもの。

会期が終わったら砂に戻し、ゼロからまた次の展示作品を生み出すなんて究極のアートだ。
子どもたちも見入っていたし、私も身震いするほど興奮した。
これは毎年行ってもいいくらいの価値があると思った。

美術館を鑑賞後いったん車に戻り、サンダルから靴に履き替えて水筒に汲んできた水を補充して駐車場の目の前にある鳥取砂丘へ。

砂丘とは風が運んできた砂が堆積して丘状の地形になっているところのこと。

砂丘を見るなり「うわぁ~!!」と走り出す子どもたち。
((ちょいちょい、そんな張り切っちゃって帰りの体力も残しといてくれよ))などという母の思いなど知る由もない彼らは砂丘の巨大な砂山をのぼって、くだって、ついに海岸まで到着。
しばしキャッキャと遊んでいた。

この日は鳥取県でも熱中症警戒アラートが出るほどの猛暑日。
砂丘にもドクターヘリが出動していた。

ギリギリ熱中症を免れたかのような真っ赤な顔をした私たちは、これでもかと靴に入り込んだ砂をザァーと出し、美術館の敷地内にある売店で我が家的にはあるあるの、かき氷のシロップなしを購入
持参してきた自家製梅シロップをかけて身体の火照りを癒しながら次の目的地まで5時間半ほどした道で向かった。

19時頃、兵庫県西宮にある源泉かけ流しの天然温泉に入れる銭湯、双葉温泉に到着。

入浴料金は大人450円・小学生160円・小学生未満60円で備え付けの石けん・シャンプー類はなく、ドライヤーの持込は不可(有料で利用可)。

基本石けんもシャンプーも持参する私たちにとって備え付けがないのはノーダメージ。
ドライヤーは持ち込めるなら持ち込むつもりだったけど有料ならばとこの後に泊まらせてもらう予定の友人宅で使わしてもらうことにした。

みんなで銭湯を楽しみサッパリした後、友人宅へ向かった。

この友人とは独身時代に共通の友人の紹介で知り合い、お互い子どもを産んだ時期が近かったこともあって急接近。長女が赤ちゃんのときから幼稚園に入る前の3歳くらいまで週3~4のペースで一緒に子育てをしていた。人見知りがちな私が初めての育児で不安な中なんだかんだ楽しみながら子育てできたのは彼女の存在も大きい。

この日も仕事だったのに快く迎えてくれ、彼女の子どもたちは既に夕食を済ませていたのにも関わらず私たちのためにそうめんとメロンを用意してくれた。

さらに私には「アキちゃん甘いお酒苦手やからあんまりかもしれへんけどよかったら飲んでみてや」と、手づくりのすもも酒まで出してくれた。
愛に溺れるわ!


友人との時間はとても心地よく、久しぶりに会った気がしなかった。
尽きない話に終止符を打ったのは0時をまわっていた。

子どもたちも普段なら寝ている遅い時間まで子ども同士で盛り上がっていた。

翌朝は道の駅で購入した無添加天然酵母パンとスクランブルエッグ、トマトなどで朝食をとり、お昼は私がルウから手作りカレーを作った。

みんなが美味しい!美味しい!と何度も言ってくれるので嬉しくなっちゃった私は次来るときはもっといろんな材料と調味料を持参してガッツリ料理することを約束した。

おやつは近くのスーパーで子どもたちには井村屋のあずきバーを、私たちにはハーゲンダッツを購入し、みんなで食べた。

まだまだ一緒に居たかったけど友人は翌日も仕事のため、後ろ髪をひかれる思いで友人一家に別れを告げ、した道で名古屋の自宅へと向かった。

休憩なしで8月9日の21時前に帰宅し、今回の旅も無事に幕を閉じた。

我が家は金銭的に余裕があるわけではないし、私が子どもの頃の話をすれば親にどこかに連れて行ってもらった記憶はほとんどない。というか一緒に過ごした記憶もわずかしかない。

そんな私が子育てをするうえで大切にしているのは親子の会話・日々の食事・子どもが自ら学ぼうとする欲求の芽を摘まないこと。子育ての最終目標は子どもたちが自らの人生を幸せだなと感じられることなので、そのために生きる力をつけるべく、可能な範囲でいろんな経験をさせてあげること。

子連れ貧乏旅は私1人のガッツだけでは決行することはできない。

子どもたちの意思や夫の理解、そしてこんな私たちを快く受け入れてくれる人たちがいてくれるおかげで、はじめて成立する。


私たちの人生に関わってくれて、ありがとう。
一緒に子育てしてくれて、ありがとう。大好き!


子連れ貧乏旅で遊びに来ていいよという心優しき方がいらっしゃりましたら是非ご連絡ください。
それではまた~

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コメント

  1. だるま福祉士 より:

    うわあ。
    素敵すぎて一気に読みました。
    うわあ…。
    ありがとうございました!

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